些細な作業への取り組み

特に小中学生には、毎回、「学校の授業で何をやっているか」を簡単に書いてもらっています。

直近の2〜3日以内(教科によっては当日)に授業でやった単元を書くだけなので、たいした労もかからず、さっと振り返ることで「そういえば……」みたいな、本人が忘れかけてた質問したいことなどを思い出してもらう効用を期待しています。私自身が、学校の進み具合がどれくらいなのか確認したいというのもありますね。英語でUnit0を飛ばしてたり、国語で扱う単元が学校によって違ったりするので……。

また、他に大きな目的として、「学校の授業に参加できているのか」を確認しているのもあります。

授業には出席している。にもかかわらず、何をやったのか、たった数時間前のことなのに書くことも話すこともできない。
こういう状態は学習的にはかなりまずい。もはや、その生徒にとっては授業は「大人が何かわけわからんことを話しているのをただ座って聞くだけ」のイベントとなっている。

このような状況は「わりとよくある」のです。勉強がとても苦手(5教科300点に届かない)な生徒に限らず。もちろん、日によって生徒のコンディションはムラがありますから、そういう授業が時折出てくるのはあります。ただ、少なくない生徒が恒常的に「何をやっているかよく分かっていない」状態になっている。

これは学力レベルの問題もあるし、本人の気持ちの問題もあるし、特性が影響していることもあるかもしれません。そのあたりを個別に様子を見て勘案して、どうやって改善を図るのか。口で言うのは簡単ですがなかなか大きな課題なのです。

また、塾に来たら書く、というのは割とルーティン化しているのですが、書くこと自体を「時々忘れる生徒」と「言わないとかなりの頻度で忘れる生徒」もいます。

まあこれも「書け」と言ってみたり、やんわり書くように強調してみたり(私から声をかけず、見れば気づいて書く挙動に移れるように細工をする)、生徒によって、またそこまでの経過や状況によって毎回塩梅を変えています。

特に難しいことのない1分足らずで終わる単純作業なのですが、こういうものの扱いひとつを見るだけでも、生徒の状況・状態が見えてくるもの。そこから、指導を微細に変える。

テキトーにやっているように見えて、割と繊細に「適当」を目指してやっているのです。

高校生はまた事情の異なり具合が個々人で大きいので、また別の話。

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