「当たり前」を高く

中間テストの時期になった。

高校生は真っ只中、野田は二期制なので、6月の頭に前期の中間テストがある。

生徒に話すのは、「基準を上げろ」ということだ。

これまで30〜40点台くらいをいつも取っていた生徒にとって、50点を超えたら嬉しいものだろう。それはそれで良い。学力のつき方、点数の上がり方はそれぞれだ。少しずつ力をつけて少しずつ結果を出していくのは王道とも言えるし、実際それがこれまでより頑張った結果であればめっちゃ褒める。

ただ、目標を高く持つのは常に意識をしてもらう。自分が「当たり前」と思う基準値を高めていく、というのは指導の根っこにある。「当たり前」と思う点数を、40点と置くか、80点と置くかでは、自ずと学習に対する姿勢や学習方法そのものが変わってくる。


一度低く設定すると、なかなか上げるのは難しい。まだ30〜40点くらいから上げるならよいが、10点台、下手すると0点に近い次元からだと、なかなか一気にというのは難しい(1科目集中ならなんとかならなくもないが個人差は大きい)。高校生は自覚のある人もいるのではないだろうか。「赤点を取らないように」というのは、その科目はほとんど0〜20点くらいの実力の範囲だから、どうしてもレッドラインを超えるのが精一杯、になりがちである。

気持ちは分かる。私も高校時代の某化学や某英語表現なんかはそういう次元でやっていたから。そして一度その次元になると、なかなか50点とか60点とか言えなくなって悪循環。どこで断ち切るか。これは本気で勉強に取り組み始めるところでしか断ち切れないと思うのだ。これまで1時間だった勉強時間が2時間、3時間と増えていき、質が伴ってくれば悪循環を断ち切る術が生まれてくる。高校3年生はもう受験が近いからまたちょっと私が話す内容は違ってくるが、高校1年生の人はこういう悪循環に陥る前にしっかりやっておきたいし、高校2年生で既にこういう状況に陥っている人は早く腰を据えて勉強したい。


中学生は、5教科で200点台でも、かまわずに「400点を超えるのが基本」という話をする(もちろんそういうのをギャーギャー普通に言える関係を生徒と築いていることは必要)。ただ難しいのは、こういう設定は空回りしがちということ。5教科250点から400点まで上げるとなると、どうしても何ステップかはかかる。スムーズに上がり続けるわけでもない。空回りせずに、一時的に停滞、もしくは下がったとしてもうまいことモチベーションを高めつつ総体として上げていく。これは中学生が自力でやるのはなかなか難しいと思うし、多感な時期の子どもということを考えると家庭の中でというのも難しいことが多いのではないか。

そういう指導をするところに、寺子屋はじめという塾の存在価値を作っている。

家庭学習をそもそもやらない、やろうと思っても捗らない、そういう生徒は多い。というか私もそうだ。今でこそそれなりにできるようになっているが、高校生の頃でも家で勉強した記憶はほとんどない。部屋にパソコンとプレステがある状態ではね。

うちはそういう点では、なるべく目の前でたくさんやってもらうのが基本線。ただそれだけではなく、塾でないところで、自分で考えながら、塾長の助言を参考にしながら、勉強することにチャレンジしていってもらう。失敗するだろうし、うまくいかないことも多いだろう。だらけてしまう、というのは日常茶飯事だろう。そういう経験を自らしてもらう。ちょっと家で勉強するようになった、ではその勉強の質はどうか。そういったものに対するフォローアップをいかに塾でしていくか。

目先の受験をどう乗り越えていくのか、そこに対するフォローであり指導でありが塾の第一の使命であることはもちろんだし、保護者の方が第一に求めるのもそこだと思うのだが、高校に進学して、大学に進学して、社会に出て、それぞれステップを経ていく中で、より成長できるように、そういうところも大切にして指導をしていきたいと思っている。

すでに社会に出て活躍している教え子がいる。大学生としてかなり充実した生活を送っている教え子もいる。高校時代の私のスパルタ国語指導(週6〜7日で文章要約)の時よりも、今の方が整った文章を書く。客観性を重視すべき文章、うまく情感を込めるべき文章、書き分けができるようにもなっている。巣立っていった生徒が、その先でも成長し続ける、これほど嬉しいことはない。

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