個別指導

「個別指導」と名乗ること自体は容易いが、実際に「個別指導」ができている塾はどれくらいあるだろうか。これは実は保護者の方が一番よくわかっている。自分の子供が通っていればもちろんわかるし、そうでなくても保護者の方のネットワークというのがある。これはすごい。

が、個別指導かどうかというのはあくまでも形式的な話であって、子供がそれほど嫌がらずきちんと通って、それなりに勉強して成績が上がっていればそれでよい、という考え方もある。それ以上のものはあればあるに越したことはないが、別になくても構わない。そんな感じではないだろうか。

うちは個別学習塾を名乗ってはいるが、その実はわりと適当である。この場合の適当というのは、「ふさわしい」の意である。

同じ学年で同じところをやるなら、小集団形式で講義することもある。導入講義だけはサクッと一緒にやって、その後の演習が個々に異なる感じだろうか。テキストが別々でも全く問題ない。逆に、マンツーマンでじっくりというのが必要であればそうする。あまり必要な場面は多くないが、発音や音読チェックなどは1対1の方が生徒もやりやすい。

大手塾だった頃は、個別指導といっても、たとえば中学生なら使う教材は2種類のどちらかを渡す、というのがほぼ決まっていた。私のところだと、偏差値65より上かそれ以下か、くらいを目安にしていたと思う。

そのころの経験が今のやり方に反映されているわけだ。うちはある程度効能が高い・使えると思った教材を渡していくので結局は同じものを渡すこともあるが、個々に考えているのでバラバラになることも多々ある。学校のフォロー中心ならそれほど渡すものがないこともある。管理が大変にはなるのだが、本当にいろいろ考えて好きにできているストレスのなさの方が大きいかなと。

個々にフィットすることをやる、というのはそう簡単な話ではない。

しかも大問題は、個々人に合わせるというのは聞こえがいいのだが、塾の宿命として、受験という一定の期限までに一定のことをしなければならない。ゆっくりマイペースな生徒に合わせていたら試験に出る単元の半分も終わっていない、というのでは困る。

無理なくペースを上げていくこと、限界値を高めていくこと、生徒の特性に合わせながら「うまくやる」こと。

これは私もまだまだ道半ば。一人として同じ生徒はいない。出会うたびに新しい発見があり、新しい悩みがあり、経験でも補えない部分で飛翔することが必要だ。

生徒の成長に寄与するのは自らの成長にも繋がるし、将来の他の生徒にも繋がっていく。人と人との関わりが人生というのはこういうところでも悟れるのではないだろうか。

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